開業
#開業・独立を考えている人

税理士さんに聞く!「How to 開業」Vol.2
失敗しない物件探し編

2024.12.27

コラム『税理士さんに聞く!How to 開業』、第2回は『失敗しない物件探し編』です。
開業を成功させるキーポイントとなる「物件探し」について、第1回の『開業前のイメージづくり編』に引き続き、歯科医院の開業支援を多数手掛けられている税理士・林哲郎先生にお話を伺います。

税理士
林哲郎先生

≪経歴≫
関西学院大学 商学部卒業
関西学院大学大学院 商学研究科修了

医療機関に特化した会計事務所での勤務を経て、平成18年4月 ネクセンチュア林会計事務所開業。
令和6年3月現在、歯科医院を中心として、約300医院の会計顧問を務め、毎年多数の歯科医院の新規開業の支援を行っている。


開業したい場所はどこ?

—歯科医院開業の場所選定はとても重要なことだと思うのですが、どのように考えていけばよいのでしょうか?

林先生:
はじめに「どのような歯科医院をつくりたいのか」「どのような診療に注力したいのか」「どのような患者さんに来院してほしいのか」といった医院のコンセプトを明確にします。これを踏まえたうえで、開業する場所を検討することが重要です。

もちろん、開業後に移転の可能性も考えられますが、基本的に歯科医師として長く過ごす場所を選ぶことになるので、重要な開業準備のタスクとして進めていきたいですね。 例えば「歯科医師として、この地域に貢献したい」、「その地域に必要とされる歯科医療を提供したい」、「その地域に恩返しをしたい」と思える場所であれば、開業後のイメージが湧きやすいでしょう。

これまで住んできた地域など、住人の顔まで思い浮かんでくるような場所なら、さらに具体的に開業をイメージしやすいです。 また、開業場所として選んだ地域を、現在や過去の勤務地と比較すると、気付きを与えてくれることがあります。

 

—次のような場合はどうでしょうか。 『「この地域で開業したい!」と開業場所を決めている先生が、「医院コンセプトが地域特性に合わないので変更したい」と言い出しました。』開業したい場所によって医院コンセプトを変えることに対して、どのようにアドバイスされますか?

林先生:
医院コンセプトを優先するべきとアドバイスしますが、もし非常に良い物件が見つかり、「やりたいこと」の本質が変わらないのであれば、多少角度を変えて医院コンセプトを見直すこともケースとしてあるかと思います。

まずは希望の開業場所で「自分の医院コンセプトがこの地域で活かせるのか」をしっかり考えることが大切です。また、「医院コンセプト」を実現できる場所を、十分に調査した上で見極めていくことが必要です。少し補足しておくと、調査結果だけに頼るだけでなく、先生自身が開業したい場所に足を運び、自分の目でその地域を確認することも必要ですね。


開業の重要ポイント、物件探し!
「テナント」or「戸建て」 / 「新規」or「居抜き、承継(M&A)」?

—物件探しとなると、まずは「テナント」vs「戸建て」という選択肢が浮かぶのですが・・・。

林先生:
その通りです。
物件探しで考えるのは、1番目に「テナント」なのか「戸建て」なのか? 2番目に「新規開業」なのか「居抜き」なのか?があります。

まず、「テナント」か「戸建て」か、どちらをおすすめするのかという点では、間違いなく「戸建て」です。確かに、物件情報が少なく、コストもテナントの2倍程度必要になるなどデメリットはありますが、もし自由に開業物件を選べることができるなら、「戸建て」を選ぶべきだと思います。
「戸建て」の魅力はその「集客(集患)力の大きさ」にあります。患者さんに与えるブランド力やインパクト、安心感など、想像以上のメリットが期待できます。 また、「自分の理想通りに空間設計ができる!」という点も大きなポイントです。土地の広さや形などの制限はありますが、自分が理想とする歯科医院づくりができるのは、本当に素晴らしいと思います。 もちろん、これは物件を自由に選べるなら、ということになるのですが…。

また、土地取得からの開業となると、これまでは2億円くらいを開業資金として用意していただいていましたが、現在は建築費用がかなり高騰していることもあって、2階建てなら2億5千万円は必要だと思います。

 

—「テナント」のメリット・デメリットついても教えていただけますか?

林先生:
「テナント」で開業する場合のメリットは、「戸建て」と比べコストが抑えられる点です。特に商業施設の中のテナントであれば優良物件と言えることが多いですね。集客力が大きい施設の場合、そのエリアはある程度にぎやかになっているわけですよね。開業後の集客(集患)を考えると、これは大きなメリットになります。

一方で、デメリットとしては、賃貸物件であるため自分で全てをコントロールできない部分が多いことですね。例えば、看板の設置だけでも制約があります。壁を取り外したりすると退去時に現状復帰の必要があります。自由に空間を使えないのは大きな制約です。

「戸建て」と「テナント」にはそれぞれメリットとデメリットがあります。開業後の姿を想像しながら、自分の「やりたいこと」を実現するためにどちらがよいのかを考えることが大切です。
そして、開業場所や物件(購入費用や賃料)を具体的に検討していかないと、どちらがよいのか一概には言えません。家を買うときにも、賃貸にするべきか購入にするべきか、どちらが人生設計において得なのかといった論争がありますよね。 歯科医院の開業もこれと似ています。

 

—次に、「新規」で開業するか「居抜き、承継」で開業するか、についてはどのように考えていますか?

林先生:
「新規開業」と「居抜き、承継」を比較すると、それぞれにメリットがあります。

「新規開業」はすべてをゼロからスタートできる点が特徴になります。
一方、「居抜き、承継」は、歯科医院の設備を引き継ぎ、新たに看板を付け替えての開業となります。これにより、既存の患者さんへのアピールが最小限で出来、大規模な設備投資が不要なことが多く、開業コストが抑えることができる大きなメリットがあります。 ただ、注意すべき点もあります。以前からの患者さんがどの程度継続して来院してくれるのか、閉院している場合は、閉院してからどれくらい経過しているのかなどを確認しておく必要がありますね。
また、引き継いだ機器が古いため買い替えが必要であったり、内装が老朽化していて修繕費が発生したりする場合、「居抜き、承継」で開業してもコストメリットは小さくなることがあります。契約前に必要な情報をきちんと入手して検証することが重要です。

コストの話をしましたが、付け加えると私としては、広告コストはかけるべきだと思います。 「居抜き、承継」こそ、若いドクターが新しい技術をもって医院を引き継ぐということを、地域のかたにウェブサイトやSNSで伝えることをおすすめします。 さらに「居抜き、承継」について少し細かいことをいうと、「居抜き」は既に閉院した歯科医院を引き継ぐのに対して、「承継」は現在稼働している医院を引き継ぐ方法です。
つまり、「承継」は歯科医院の設備だけでなく、患者さんやスタッフなども引き継ぐことができます。 ビジネスの世界でいう「M&A」ですね。現在、一般的にM&Aは売り手市場で、売り手1つに対して買い手が多く存在している印象です。

最近、歯科業界においてもその傾向を実感する出来事がありました。 売却が難しいと思われていた郊外の歯科医院が売りに出されたところ、高額ですぐに買い手が現れたのです。 これは、開業したい先生の中に、「承継」を希望されている方が増えてきていることを表していると思います。開業コストを抑えられ、スタッフも患者さんも引き継げるなど、メリットの多い開業として注目されていますね。


物件探しを長期の時間軸で考える!

—れまでに開業場所選定のポイントや開業形態についてお話しをいただきました。物件を選ぶ際の賃料についてはどのように考えればよいでしょうか?

林先生:
そうですね、賃料に関しては悩ましい問題です。

月額賃料が約50万円のテナントを選択する方が多く、坪単価が1万2000円とすると、40坪前後になります。しかし、中には70万~80万円の賃料を支払う方もいます。これは立地が非常に良く、集客(集患)力が高い場所だからです。
50万円と80万円の賃料を比較すると、差額は30万円です。開業直後の成長期には、売上が急増するため、30万円の差は売上の増加でカバーできるでしょう。
しかし、これが成熟期を迎え、売上が頭打ちになってくると状況は変わります。売上は一定でも、このご時世、人件費や材料費は上昇し続けます。そうなると利益が圧迫され、賃料の30万円の差がボディブローのように効いてくるのです。 さらに、衰退期に入ると患者さんも減少し、自身も体力の衰えを感じるようになります。売上が下がっていく、または維持するために勤務医を雇用し、人件費が増加するなど、高い賃料は大きな負担になります。

一方、郊外で土地を購入し建物を建て、賃料が不要で、20年間で借入金を返済したとします。そうなると、周りの仲の良い患者さんを一日に10人程度診るだけで、人生の後半をゆったりと過ごすことも可能です。
つまり、ライフサイクルという長い視点で見たとき、賃料は非常に悩ましく、考慮すべき重要な要素だと思います。

第1回のコラムでもお話ししましたが、開業後10年を見据えつつ、20年・30年後を大まかに想像し、歯科医師としてのライフサイクルと照らし合わせながら物件探しを行うと良いと思います。 したがって、「テナント」or「戸建て」か、「新規開業」or「居抜き、承継」か、ということを長期的視点でしっかり見極める必要がありますね。


失敗しない物件探し!

—物件探しを始める先生に伝えたいことはありますか?

林先生:
まず1つ目は、「情報不足のまま物件を決めない」ことです。忙しさを理由に物件をあまり見に行かないことは避けるべきです。
例えば朝・昼・夜の人通りや交通量、近隣に商業施設や公共施設、病院など人の出入りが多い施設の有無、周辺人口の増減などは、自分で足を運んで分かる情報です。先生自身が積極的に収集してほしいと思います。

2つ目は「物件を探し過ぎない」ことです。100点満点にこだわるあまり、ズルズルと決められないままでいる先生もいます。私の知っている先生は5年くらい探している人もいましたよ(笑)。過去に見た物件が忘れられず、良い物件に出会っても「前に見た物件の方がよかった」と思い、決められないのです。理想は、1年を目途に決めたいですね。

 

—物件探しを長期化させないために、何か準備をすることはありますか?

林先生:
はい、良い物件を逃さないために、物件を決める「合理的な妥協ライン」を持っておきましょう。

「ピン!」とくる物件に出会えたときに、すぐ決断できるようにするためです。
この妥協ラインをどのように設定するかというと、自己資金や借入可能額を前提に、自分のやりたいこと(=医院コンセプト)を実現するために必要な条件を具体的に考えます。
例えば、住宅街で1日50人の患者来院を目指すなど具体的に考えていけば、必要な院内の広さや賃料、設備投資などある程度予測ができます。
このようにいくつかの具体的な情報を基準にし、妥協ラインを設定します。

物件探しは、迅速な決断が求められます。歯科医院の経営者として判断を誤らないために、妥協ラインを持ち、物件探しを進めていきましょう。 また、理想の物件が突然現れたとき、スムーズに契約できるよう、勤務先の院長に開業希望があることを相談しておき、退職しやすい環境を整えておくことも重要です。


良い物件と出会うために!

—物件探しを成功させるための心構えはありますか?

林先生:
先ほども述べましたが、まずはこだわり過ぎないこと。「これでOK!」と決断できる妥協ラインを持っておくことが大切です。 そして、きちんと情報収集を行うことです。地域特性、人口の増減、商業施設などの状況、競合する歯科医院の有無などを調べましょう。 数年先のことは近隣の不動産屋さんに聞けば教えてもらえます。1年~3年後のマンションや商業施設の建築計画などの情報を得ることができます。

歯科医院の開業をサポートしている税理士事務所なら、こういった情報を調査してくれることもありますが、自分の足で情報収集をすることが大切です。 とにかく自分の夢を実現するための物件探しですから、自分事としてしっかり準備を進めていきましょう。


まとめPoint

  • しっかり情報収集した上で、やりたいこと(=医院コンセプト)が実現できる場所を選定することが大切です。
  • 「テナント」or「戸建て」/「新規」or「居抜き、承継」、それぞれのメリット・デメリットを把握しましょう。
  • 歯科医院を長期経営することを想像して、物件を探しましょう。
  • 納得できる妥協ラインを持ち、いつでも決断できる準備をしておきましょう。