「開業したい!」漠然と考えているものの「何を考え、何を始めればいいのか分からない……」と感じている先生方も多いのではないでしょうか。
このコラムでは、「開業って何から手を付ければいいの?」「いつから計画を立てればいいの?」「開業資金はいくら必要なの?」「開業場所はどんな基準で選べばいいの?」などなど、開業を考える先生の多くが抱く疑問について分かりやすくお答えしていきます。
「開業」という夢の実現に向けて一歩踏み出すきっかけになればうれしいです。
記念すべき第1回は、〈開業前のイメージづくり編〉。数多くの歯科医院の開業を支援してきた税理士・林哲郎先生にお話を伺います。
税理士
林哲郎先生
≪経歴≫
関西学院大学 商学部卒業
関西学院大学大学院 商学研究科修了
医療機関に特化した会計事務所での勤務を経て、平成18年4月 ネクセンチュア林会計事務所開業。
令和6年3月現在、歯科医院を中心として、約300医院の会計顧問を務め、毎年多数の歯科医院の新規開業の支援を行っている。
なぜ開業したいのか?
—開業を考え始めたら、まず意識すべきなのはどのようなことでしょうか?
林先生:
自分の「やりたいこと」があるから開業する、このひと言に尽きます。
重要なのは、「やりたいこと」のイメージを明確にすることです。周囲が開業するから自分も開業する、というのはおすすめできません。
具体的に、「どのような診療に注力したいのか」「どこで開業したいのか」「どのような患者さんに来院してほしいのか」などをしっかりとイメージすることが開業を考える上で最も大切です。そして、開業のメリットを知っておくことも、開業後の姿を想像しやすいと思いますよ。
—なるほど。では開業することのメリットって、例えばどのようなことですか?
林先生:
開業すると、歯科医院の経営者になるので様々な責任が発生し、技術面と経営面での努力が必要になりますが、次のようなメリットもあります。
- 診療方針を決めることができる → 「やりたい診療に力を注げる」
- 収入アップを目指すことができる → 「医業収益が順調に伸びれば、勤務医給与の2~3倍の収入も可能」
- 長く安定した環境の中で働くことができる → 「経営者なので雇用不安はゼロ(経営責任は発生)」
勤務医の場合、診療方針や収入額、雇用条件も勤務先のルールに従う必要がありますからね。
開業することのメリットを知ることで、未来の自分をより具体的に想像しやすくなるのではないかと思っています。
具体的にイメージすることって、大切!
—開業をより具体的にイメージするためには「やりたいこと」を整理していく必要があると思うのですが、どのように進めていけばよいのでしょうか?
林先生:
勤務している歯科医院での毎日を振り返ることで、「やりたいこと」が自ずと見えてくるのではないでしょうか。例えば、「患者さん一人ひとりにもっと丁寧に治療内容を説明したい」「訪問歯科も取り入れ、もっと地域に貢献できる歯科医療を提供したい」「定期健診を中心に予防歯科に力を入れて、歯科衛生士が活躍できる環境を整えたい」など「自分ならどうするか」を書き出すことで、頭の中が整理されてきます。
勤務医としての経験は貴重な財産です。皆さんの勤務先で感じた改善案をベースに開業イメージを膨らませていくと進めやすいですね。実際に、そのイメージを持ちながら開業の準備を進めている先生は多いですよ。
—「やりたいこと」が具体的になってくると、開業後の方向性が見えてきますね。
林先生:
その通りです。「やりたいこと」が整理できると、歯科医院の方向性、つまり、医院コンセプトが明確になります。ただ、この医院コンセプトを明文化(言葉で具現化すること)することが重要で、今後 開業をサポートしてもらう銀行や税理士、歯科業者などの方々に、自分がどのような歯科医院を開業したいのかを伝えるための核となってきます。
—医院コンセプトが明確になり、進んでいく道がはっきりとしてきました。
その上で、開業すると多くのスタッフと一緒に歯科医院を運営していくことになり、組織としての価値観を統一する必要があると思うのですが…。
林先生:
価値観の統一は非常に重要です。それが「医院理念」になります。この価値観がスタッフ全員に浸透すれば、先に述べた医院コンセプトの実践はスムーズになると思いますよ。「医院理念」には2つの考え方があって、1つは「外向き」の理念、これは患者さんへの「想い」を表したものであり、集患に繋がる価値観として、他の歯科医院との差別化要素(自分たちの歯科医院が持つ優位性)にも発展します。
もう1つは「内向き」の理念で、これは歯科医院で働く全員が共有する「基本的な考え方」を意味し、この考え方に基づき、日々行動することとなります。また、この延長線上で、将来どのような価値観を持ったチームを作っていくのかというビジョンもスタッフと共有したいですね。「外向き」と「内向き」、この2つを兼ね備えた医院理念を考えていく必要があります。医院理念を決めることは難しいかも知れませんが、医院コンセプトと同様に重要なことなので、開業準備を進めていく中でしっかり考えていただければと思います。
そして、現在 開業を考え始めている先生方には、勤務医として働いている歯科医院で研鑽を積み、さらには医院経営についても見聞きしておいていただきたいですね。この経験が開業を進めていく基礎となるからです。
—「やりたいこと」の整理方法や、医院コンセプトを明文化して診療方針を表現することの重要性など、お話いただきました。続いて、開業準備として具体的に何を進めていけばよいのか教えていただきます。
事業計画書って大切なの?
—開業にあたって事業計画書の重要性をよく聞くのですが、林先生は事業計画書をどのように捉えていますか?
林先生:
必ずしも重要とは言えません。そもそも事業計画は大きく分けて2つのタイプがあります。
一つ目が医業収益などの数字で作る事業計画。いわゆる「定量的な計画」です。
もう一つは医院コンセプトや医院理念といった「定性的な計画」です。これも事業計画の一環です。
私は「定量的な事業計画」をあまり重視していません。なぜなら、開業をイメージしている段階では、収益の予測をしようとしてもできません。経営というのはControllable(制御可能)な部分とUncontrollable(制御不能)な部分あり、後者の比重が非常に大きいからです。
—どれだけ綿密に事業計画を立てても、「絵に描いた餅」になってしまう可能性があるということですね。
林先生:
可能性は大いにあります。事業計画書に記載の数字にのみ注視するなら、家賃の安い物件を選び、ミニマムな開業をすれば計画の見栄えはよくなります。しかし、必ずしも皆さんがそういった医院経営を求めている訳ではないですよね。目標を高く掲げている方も多いはずです。
ですから、「事業計画の数字に捉われ過ぎるべきではない」と私は考えています。例えば、明るい性格のスタッフが1人増えたことで医院が活気づき、患者さんからの好感度が高まり、集患効果につながり、収益がアップするかも知れません。これは数値化できない部分で、事業計画書には記載できません。
—確かに。それでは、事業計画はどのように組み立てていけばよいのでしょうか?
林先生:
まず第1段階は「数字に捉われ過ぎないこと」です。先に述べたように大切なのは、自分が実現したいイメージを具体的に想い描くことです。自分が使いたい機器を導入し、将来 1日にどのくらいの患者さんを診察したいかを考え、その上で歯科医院の広さを検討します。
次に第2段階は「その抽象的なイメージを数字に落とし込み、合理的な範囲で計画をまとめること」です。実現が難しい場合は軌道修正が必要です。こういったことを精査するのが、いわゆる事業計画策定のプロセスになります。
重要なのは、自分のやりたいこと、つまりどんな医院をつくりたいのかという想いを大切にすることです。その想いに具体性を持たせたうえで実行可能性を検証する、というステップが肝心なのです。
—事業計画の実行可能性を考える際に、将来をある程度見据えないといけないと思うのですが、開業からどれくらい先まで考えたらよいでしょうか?
林先生:
まずは「おおよそ10年後」を考えましょう。
マーケティング用語にはプロダクト・ライフサイクルという言葉があります。これは製品の売上の変遷を導入期・成長期・成熟期・衰退期という4つのサイクルに分けて考えるものです。これを歯科の開業医に当てはめると開業時が導入期になりますね。そして、30代で開業した場合、40代までの10年くらいが成長期。その後、50代くらいからが成熟期になりますね。導入期から成長期くらいまでならイメージしやすいと思います。
まとめると、開業後のおおよそ10年後を見据えながら、自分の「やりたいこと」を具体化し、実行可能な事業計画を作り上げていくことが大切になります。
そのサポートを私のような税理士が行っているのです。
開業準備で税理士は何をしてくれるの?
—これまでお話を伺ってきましたが、開業準備における税理士の役割にはどのようなことがあるのでしょうか?
林先生:
開業準備において税理士が行う役割は非常に多岐に渡るのですが、最も重要な役割は「お金という現実世界に引き戻すこと」ですね(笑)。歯科医師の皆さんが持つ抽象的な開業イメージを、お金という具体的な要素に落とし込み、実行可能性を検証します。
その後は、事業計画のサポートと資金調達に続きます。
—事業計画のサポートというのは「定量的な計画」を税理士と一緒に作成することですね。
林先生:
そうです、医業収益などの数字で構成する「定量的な計画」をサポートします。
まず、「開業にいくら必要なのか(いくら借りなければならないのか)」、次に「返済に対して収益はいくら必要なのか」という大きな2点を考えます。それらを明確にした後、銀行交渉のサポート、つまり資金調達へと移ります。
—資金調達のための計画はどのように考えていますか?
林先生:
開業のためだけの資金計画では終わらず、経営が不安定な開業当初のことも含めた計画を考え、アドバイスしています。
開業の成功に一歩でも近づけるようサポートするのが、我々 税理士の役割と考えています。
開業を考え始めた先生方には、自分の「やりたいこと」を大切にしてほしいと思います。
そして、開業の「夢」を実現するために、一緒に事業計画を作っていきましょう。
まとめPoint
- 「周りが開業しているから自分も…」はNG! 自分が本当にやりたいから開業するのが重要です。
- 自分の勤務医経験をもとに「やりたいこと」や「つくりたい医院」を具体的にイメージしましょう。
- 事業計画に過度に捉われ過ぎないようにし、資金面では合理的なラインで計画をまとめることが大切です。
- 開業からおおよそ10年目までを見据えた事業計画を考えることが必要です。
- 資金面で事業計画が実行可能かどうかを検証しサポートするのが、税理士の役割です。